ナルギース

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パーキスターン・ムジュラー

最近はまっているのがムジュラーMujra(wiki)。カタックから生まれたタワーイフの踊りで、Devdasのチャンドラムキーや、ウムラーオ・ジャーンが踊っているのがムジュラーだ。

とはいってもそれは昔。いまムジュラーと呼ばれるのは、パーキスターンではパンジャーブ地方の売春街で現代のタワーイフ(今でもそう呼ぶ)たちがバングラーBhangraなどにのせて踊るもの。Pakistani Mujra

大きな乳を上下左右にブルンブルンとゆさぶるだけのものだが、なんじゃこりゃーと思うと同時に、踊りって本来こんなものだったのじゃないか、などと感慨にもとらわれてしまう。濁り江の女たちの南アジア版だ。(2017年現在、Pakistani mujraで検索するとナルギースふうのステージダンスが主流で、ポルノじみたものはお目にかかれない。)

 

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最底辺のムジュラーに対し、女優であり正統派のムジュラーダンサーでもあるナルギースNargisのmein nai boldi mera wich。かつてのインドの大女優と同じ名で、ナルシッソスの意味だが、かなり大輪だ。マードゥリーのMain tumhare hoonを思い出させる。
(追記:残念ながらナルギース版はなかなか復活しないがmein nai boldi mera wichはHumera Arshadの歌唱。パンジャーブ州の結婚式で歌われ「これを知らないのはパンジャービーではない」ともいわれる。インドのパンジャーブ地方ではtera yaar boldaとしても知られる。)

 

パーキスターン映画は最盛期70年の130本から製作数が03年には年間50本、10年には22本になってしまった。Pakistan Film Magazine(復活)

正統派といっても、現在(07年時点)、ステージショウは非合法で、かわりにDVDやVCDやネット動画が流通していた。ナルギースはその中でも浮き沈みしながら映画とステージに出演してきた。

 

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ムジュラー・ナルギース

 

いまNargisでチューブサーチすると出てくるのは圧倒的にムジュラーのナルギースなので、本家ナルギースはパーキスターンになる。(元祖ナルギースもラーワルピンディー出身のムスリムで高名なタワーイフの娘だ。)
どうもこのナルギースが気に入ってしまったのでムジュラーをもう少し。 

tere piyar toon sadke jawaan

gujra way

mujra har pasey dhol wajdey

kar devan gi jawan

セットはパンジャービーの農家や娼館・コーター kothaとその客たちを模したものなのだろう。

 

ナルギースを見ていると、職業に徹しているなあ、と思わされる。ラーホールなんて、ほんとはすごく暑いだろう。映像を見ているだけでは、つい忘れてしまいがちなことだ。

すごくガチンコ感がただよっているわけだ。最近のインド映画のダンスシーンだと、踊っているのはカメラで、巧みなのは編集の腕だったりするが、ナルギースの職場ではそういうごまかしが利かない。

この人のダンスは見ていて飽きない。しかしふつう古典舞踊のステージ動画だと1、2分もすれば退屈する。ベンヤミンがいうところの一期一会の実演の力、アウラが再現映像には欠けているからだ。
しかも映画と違って、倦怠を避けるためのカメラ移動やカット割りもないし、衣装変えもないから、よほど舞踊言語に通じていないと、踊り手が表現していることがわからず集中できなくなる。

ナルギースはわれわれ凡愚の客が見たいものを見せようとしている。そこに違いのひとつがあるのだろう。

 

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元祖ナルギース

ナルギースの元祖といえば、ほんとはこの人。ラージ・カプールのShree 420 「詐欺師」(1955)にあるIchak dana beechak dana という楽しい歌の場面だ。

原節子高峰秀子を合わせたような感じだろうか。マードゥリーが一番好きな女優だ。「バーラト・マーター Bharat Matar」(Mother India)が代表作。

 

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Choorian(1998)ポスター。初期はだいたいセカンド・ヒロイン。

 

スクリーンのナルギース

スクリーンの中のナルギースの踊りをひろった。インド映画界でも、これだけダイナミックに踊れる人は、そんなにいないと思う。マードゥリーに匹敵するキレだったんではないかという気がしてきた。
映画そのもののデータは、あまりわからない。パーキスターン映画って、男優が男らしすぎてクラクラするのだが、それにめげてないナルギース。

Gudi ud jayegi (Jungle Ka Kanoon 1995 パンジャービー映画-以下P)
若くスリムだったころ。これは、まったくヘレンではないか。

Phoolon wala (不明。)
本格的なムジュラー。思ってた以上にすごい人みたいだ。こんな客の相手はしたくない。

Nerhe Ah Zalima Wey (Choorian 1998 P)
2年前まで国内興行収入歴代一位だった。シンデレラ物語だがナルギースはヒロインの義妹で恋敵役。

Janj Turr Pai Wajeyan Naal (Ishtehari Gujjar 2001 P)
この人の踊りは技術というより存在感、性格で際立っている。銃をもたなければパンジャービーではない。

Ahappi akhan naal (Makha Jatt 2001 P)
ステージと同じことをしているのだが、やはり映画は格別。
Akh teri meri (同)
映画でもタワーイフたちのDVDと同じ、いかがわしいダンスをやっている。B級映画ってことだろうか。バックは豪華だ。

Sari sari raat (Asoo Billa 2001 P)
どこでもナルギースは生き生きとしている。男優がなんとも古風で笑える。シヴァージ・ガネーサンか。

Kajh karle mera yaara (不明)
これも若いころ。男優の眼がたまらん。
ナルギースの顔立ちってインド・イラン系というより、ムガル帝国=トルコ系ではなかろうか。

 

<おまけ>
パンジャービー新喜劇。何だかわからないが楽しそうだ。若いほうの子はミーナー・ナーズ Meena Naz. (復活しないがpakistani stage dramaやnargis comedyで同類のものは検索できる)

<追加おまけ>

ステージドラマDevdas

映画と称しているが実際はパロディードラマ。ナルギースは出ていないが、主役はよく共演するNaseem Vicky(wiki)で、このデーヴダースはいつも牛乳ばかり飲んでいる。チャンドラムキーもパーローも映画キャストに似せた配役だ。ことにマードゥリーもどきはかなりなダンサー。マール・ダーラーのオチは爆笑ものだ。(削除後に復活したが、たぶん版権の関係で音楽場面が省略され、飛び飛びになっている。)

 

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劇場の看板。ハート右上がナルギースだろう。

 

追記:2015年12月
<それからのナルギース>

パンジャービー、ウルドゥあわせて100本以上に出演しているナルギースだが、パーキスターン映画界はどんどん縮小し続け、ナルギースはステージに活躍の場を移した。基本的にいかがわしいダンスと思わせぶりな台詞をちりばめた低俗ショーとされるが、当人によれば舞台では(映画のように)胸を揺らしたりしないし高官たちも見に来るのだという。ダンスだけの上演は禁止されているため劇の合間に踊る形式になっていて、映画できたえた演技力がナルギースにとって助けとなった。
パンジャーブ州都ラーホールには5つ劇場があり、映画料金がIMAXシアターなら1000ルピーのところステージは500-2000、イードなどの祭にさいしては闇で5000ルピーに上がるという。なかでもナルギースのショーは7000ルピーしていたとのことだ。(2015年6月29日Dawn 

ナルギースはここで得たNo.1ステージダンサーとしての声望とひろいファン層を元手に、さまざまな性格のダンスシーンをもつ映画に出演するようになった。主演もふえた。

Pyaar Da Gidda Paaley (Suha Jora 2007 P)
Hum aapke hein koun!のマードゥリーを思い出させるが、音楽はパンジャービー。映画はヒットした。(製作はナルギースのおとなしそうな夫 。この自宅のスタジオではバックダンスの若い衆たちに稽古をつけている。)
Budhay Warey Vi (同)
エロ爺はパーキスターンのアムリーシュ・プリーにあたる、悪役で鳴らしたMustafa Qureshi。

Bara Pachta Wain Ga  (Billo 302  2007 P)
ムチャクチャやっている。ステージではまさに座長の風格があるが、スクリーンでさらにエスカレート。笑うしかない。
Khushi Wich Nachley (同)
子供をバックダンサーにしてレジャーランドで踊る。

Ghundi Run (2007)
昔のレーカーみたいな役回り。殺しすぎだ。

Harr Paasey Dhol Wajdey (Puttar Humayoun Gujjar Da  2007 P)
パーキスターンの男優は眼光鋭く髭いかめしく、棒を呑んだように背筋まっすぐで闊歩するのだが、ナルギースのツッパリキャラはこのコピーともパロディーともいえる。よく共演しているシャーンShaan Shahid(wiki)はKhuda Kay Liye(2007)で国際的盛名を得た。実際はバカな演技もできるヴェテラン役者だ。
Hosh Rahee Na Hosh Rahee (同)
シャーンとジョニ黒ダンス。眼を付けられるはずだ。

Haal Dil Da Sunana Gunnah Tey Nahi (Thakur 420  2011 P)
ここではスーフィー音楽でファキールたちとダマールDhamalを踊っている。

 

<ところがところが>
カナダには15万人のパーキスターン移民がいて、トロントを首都とするオンタリオ州に10万人が居住する。国内と海外を公演で行き来し、順調に地歩を固めていったナルギースだが、12年10月カナダ滞在中に殺人依頼という嫌疑がかけられた。舞台プロデューサーの殺害を請け負ったとの殺し屋の自供に基づくものだが、ただちに帰国したナルギースはこれを否定し「引退してこれからはイスラームの聖職者を目指す」とスカーフ姿で報道陣に応じた。このころ女優が聖職者に転向というのが流行ってもいた。
その際、コーランに手を置いて「現在37才だ。」と誓言している。(たぶん本当だろう。70年説もある。)次いで11月に自宅が何者かに銃撃された一方で、12月にはラーホールに美容院を開設しニュースになった。

ナルギースは99年のChand Babuという映画で役作りのために坊主になって世間を驚かせたことがある。考えや腹のくくりかたが尋常でないのだと思う。2002年には財産取得を狙う警官上がりのマフィアのボスに一家ともども監禁され、リンチされたナルギースはまた坊主にされたが脅迫に応じなかった。

ともあれ引退宣言したナルギースはやがてカナダに移住し(wiki:Pakistani Canadians)、ホンダ、現代の工場があり人口の半数以上が非欧米圏出身者であるトロント郊外のMarkhamという街で美容院を開いた。その間も、カナダや英国で公演を行っていたが、パーキスターンの芸能界とはDVDなどのメディアを通じた関係のみだった。

 

<復帰へ>
2009-12年には年間製作数が20本台となりどん底にあったパーキスターン映画界だが、13年の戦争映画Waarがナルギースの出演したChoorianの興行記録を15年ぶりに打ち破り、今年はコメディーJawani Phir Nahi Aniがさらにそれを超えた。前者は「インドのスパイに家族を殺された元軍人が部族地域でテロをあおるスパイに復讐する」というもの(シャーン主演で、当然インドでは禁止)。後者はお気楽な都市ブルジョアがくりひろげるカマルハーサンのPanchatanthiramみたいな映画のようだ。(wiki)

この復調の機運に応じてナルギースもキャリア再開に動き出した。トップが抜けたあとの穴を埋められなかった興行サイドの要請もあったようだ。今年4月には主演映画の企画が発表され、11月6日にShalimar TheatreのWelcome Back Nurgisというステージで帰国したナルギースは復活を果たした。

ナルギースの運命の変転は、パーキスターンのごたごたや腐敗した世俗主義と清浄な厳格主義の対立が背景としてあるのだろうが、よくわからない。

 

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カムバック公演ポスター

 

*ムジュラーではMeena Naz、ナルギースの妹であるDeedar、映画界でSaima Noor、Reema Khanなどよい踊り手がたくさんいるので機会があったら触れてみたい。

*「タブー/パキスタンの買春街で生きる女性たち」フォージア・サイード(コモンズ)によれば、ヒーラーマンディーHeera Mandiの名で知られるラーホールのシャーヒー地区は4-50万の人口と4-500の娼館をかかえる。住民の証言では踊り子の多くが同地の出身だというが、記事には反映しきれなかった。