汎南アジアポップス=ラール・メーリー・パト

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スィンド州セフワンのシャハバーズ廟

 

以前紹介した、ヌール・ジャハーンが歌う「ラール・メーリー・パト lal meri pat (laal meri paat)」がとても気になっていた。
ちょっと普通の歌と違うような感じがしたからだ。
真のパーキスターン国歌、とボードに書いている人もいた。

「Sub log サブ・ローグ」というサイトで「ダマーダム・マスト・カランダル Dama Dam Mast Qalandar 」(「ラール・メーリー・パト」の別名)の詳細な記事があったので、だいぶ解ってきた。

同サイトによれば、これは60年代にパーキスターン・ジプシー歌手のレーシュマーReshman ( Reshma:wiki )が歌っているのをヌール・ジャハーンが見い出し、レコーディングさせたところ、あっという間にインド亜大陸全土にラジオを通じて広がったのだという。
以来、パーキスターン、インド、バングラデシュ、アフガーニスターン、そしてイーラーンの一部などで誰もが知る、ほぼ唯一のポピュラーなナンバーとなったのだった。

ジプシー(ロマ)の発祥の地がインド亜大陸北部であることは、言語学的、遺伝学的にもほぼ定説となっている。
インドではロマはLambani などと呼ばれるが、 レーシュマーは英領ラージャスターンのBanjaraというグループの出身だ。パーキスターンではDomの名称がある。
フラメンコの源流はカタックだといわれるし、マードゥリーとオヨス Cristina Hoyos はDNAを共有している気がする。

レーシュマー は「パーキスターンの誇り」と呼ぶ人もあり、2013年に亡くなった著名な歌手である。
若いころの Goriye Main Jaana Pardes を聞くと、たしかに特別な力がある。
ただ残念ながら、このころの ダマーダム・マスト・カランダル の録音はない。
最近のライヴで歌われた同曲 は、さすがに年齢を感じさせるあっさりしたものだ。

著名なのは、やはり69年にヌール・ジャハーンが歌ったものだろう。
Dilan dey saudy の中のその同曲は、すでにカッワーリー特集でも紹介してあるが、プリントのよいヴァージョンを再録する。

この曲は、13世紀スィンド地方のスーフィー聖者(Qalandar)であった Hazrat Lal Shahbaz (1177-1274) を賛える民謡だった。
本来、同地方とパンジャーブ地方の言語であるサラーイキー語 Saraikiで歌われ、インド人だけでなくパーキスターン人でも、完全に意味が解っているわけではないらしい。

シャハバーズ Shahbaz の思想は、ムサルマーンとヒンドゥーの融和を説くもので、そのためインド亜大陸全土で人気のある聖者らしい。( Lal Shahbaz Qalander:wiki
パーキスターン・スィンド州のSehwan にある廟は、巡礼たちの聖地となっており、祭 Urs には多くの人々が参じる。
Dilan dey saudy で映されている扉は、この廟のものだろう。

スィンド地方でのコンサートか祭・ウルスで Shazia Khusk という歌手が歌っている。みんなノリノリだ。

同じくサラーイキー語住民の祭で歌われる同曲。
歌手はGulbahar Bano 

ちなみに、シャハバーズの祭・ウルスで歌われる別のカッワーリー。
Noli Boli Wali Sarkar という曲。
ほとんどの参加者は男だが、珍しく女性も踊っている。
座っている老人は聖者だろうか。(追記:この映像は南アジアのイスラームの縮図と見えるようで、「これはヒンドゥーだ。」と槍玉にあげているtube映像 もあった。説教師はリャドに本拠を置くパーキスターンのデオバンド派のため、コメント欄もカオスだ。)

 

インドに接するパーキスターンのラージスターニー Rajhistani 地方で踊られるラール・メーリー・パト。
インドのラージャスターンの踊りや衣装に似ている?

いかにも田舎の祭という雰囲気がある。

これはディッリーのカッワーリー・コンサートで歌われたもの。
Qadar Niazi というカッワールが演じている。

パーキスターンの人気女性カッワールであるAbida Parveen も、コンサートで歌っている。

もちろんヌスラト・ファテー・アリー・ハーンも、カヴァーしている。
ここでは聖者の名を取って、Shahbaz Qalandar シャハバーズ・カランダル というタイトルだが、ヌスラト・ヴァージョンのタイトルは色々あるし、シャハバーズ・カランダル名のまったく別の歌もある。
ターバンを巻いたスィク教徒が踊っていることに注目。
この曲の性格が表われている。
カッワーリーコンサートの「おひねり」については、「これでインディア」に記事がある。

Sabri 兄弟 が演じるShabaz Qalandar 。
ド迫力だ。
ナレーションがあるのは BBC ドキュメンタリーとして撮影されたためで、字幕も付いている。

バングラデシュ国籍で南アジア全域で活躍するRuna Lailaの歌唱 

ラージャスターンで歌われる Dama Dam Mast Qalandar 。
続いて歌われる「ミモラ 」のテーマ Nimbooda も、元はラージャスターンの民謡だ。

パーキスターン・ロックバンド Jal が演じるラール・メーリー・パト。
同じく Junoon というバンドの演奏。
どちらも、それほど思いきったアレンジはしていないようだ。

ムジュラーのナルギースも、この曲を取り上げているが、Dilan dey saudy ヴァージョン をえらく神妙に踊っている。

duniya nae hai Suraiyya bhopali(1976)も並べておく。
このナンバーの面白さは、前ノリと後ノリの交差にあるのではないか。
タイトルは「世の中新しくなってるのよ」。
バトルでは古い、しかし誰にも愛されるラール・メーリー・パトが勝敗を決めることになるのだった。

パキスタン南部の神と聖者:その祈りと歌のかたち」ページに、村山和之によるラール・メーリー・パトの詳細な論究と、歌詞および和訳が載っている。