パシュトゥーンのカッタク

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カッタク(カタック کتھک Kathak)が、ほんとに流れ流れてフラメンコになったのか、以前から知りたく思っている。
ロマの源流がインドにあることは、言語、宗教、DNA から確実視されているが、カッタクの舞踊言語であるタタカール(足踏み、サパテアード)、 ハスタ(手の所作、ブラッソ)、直立姿勢と旋回などには、フラメンコとの共通点がある。
ただ、両者の関係についてインド舞踊の側からの言及はあっても、フラメンコの方では、特に気にしていないみたいだ。

アフガーニスターン・パシュトゥーン人の踊り、カッタク  خټک Khattakの映像(これはパーキスターンのアフガン=パシュトゥーン人だが)を見てカッタク西行の途中の姿かと思ったりしたが、K と Kh で音が違い、Wikiを見てもご丁寧にインドのカッタクと混同しないようにと注意書きがある。
伴奏音楽は、よく聞くとナルギースが踊るPhoolon walaと同じだ。

カッタク(ハッタク)はパーキスターン北西辺境州のパシュトゥーン人部族の名で、インダスの源のひとつのアトック川左岸に住んでいる。
カッタクの踊り(Khattak dance:Wiki)は、見ての通り、ひたすら旋回する胡旋舞の一種で、一連のカッタク関係映像のコメント欄にあるパシュトゥーン人の言によれば、「パシュトゥーンは踊ったりしないが、カッタク・ダンスだけは例外」なのだそうだ。

非常に体力を消耗するもので、踊り手はぶっ倒れるまで続けなければならず、踊りというより鍛錬法か武術のようだともいう。
カッタク部族人口が多いパーキスターン・パンジャーブ州のムルターンでのカッタク・ダンスでは、子供が激しく旋回している。

カッタク・ダンスはアタン Attanとも呼ばれている。
このアタンを、アテナ Athena だとして、これこそパシュトゥーン人アレクサンドロスゆかりのギリシアの末裔だとする説があった。
言語や土着神の名、スパルタ的な男宿の慣習などから論証していたが、語源俗解に拠りすぎた感じがした。

ただ、男宿については初耳で、パシュトゥーン・ワーリーを理解する助けになるかもしれない。