
森崎ウィンへの情にゆらいだ磯村職長から前回一本取った今田は、若手に教える立場にもなり慣れと慢心で判断ミスをするようになる。
中盤の壁で脚本演出とも気がゆるんだか、感心できる回でなかった。
妊娠中に動脈解離で倒れた患者に、手術と同時に帝王切開を施すむずかしい症例だった。話に婚家の妊活圧力をからめたので、問題の核心がわかりにくくなっていた。本人の葛藤をちゃんと描かなければ、産む機械の修理にすぎない。またしても結果オーライで、お涙をさそっていたが。

自傷癖の女子高生を並行して描き、治療の成功を目の当たりにして改心させる構成も余計だった。どちらの話もはんぱだったし、母子ともに助からなかったらどうするのか。
女子高生は眠剤服用後の経過観察で病院にとどまっていたのだが、救急隊員がつきそって手術に立ち合わせるのがありえない。隊員は病院でぐずぐずしすぎる傾向がこれまでもあり、今回は露骨だった。売り出しの役者を画面に入れたいだけで、物語上なんの必然もない。そんなことをしていると、ドラマの真実性が失われてしまう。


Tokyo middle 30 は、能年のファッションとコメディー場面だけいい。
だらだらした日常のなかにも、欲望はうごめく。

まなじりを決して婚活パーティーにのぞみ、撃沈する。

いい男の客に、ときめいてしまう。

はえー、ええ男やったわ。欲望がだだもれなので、これほどかんたんな女はいないだろう。

男がまた来る。

プレゼントされシンガポール在住の若手社長と知り、完全に落ちてしまう。ファッションがよくても、中味がからっぽでは意味がない。米国版なら、モンローがやるような役どころだ。
「私をくいとめて」では、ご飯を食べに来てと林遣都に無意識に口走っていた。下心むきだしの能年のアホ面は、いつ見てもおもしろい。
仲里依紗と深川麻衣の部分は悲惨だ。
ムスコの発達障害をうたがう仲に、夫は医者だけあって子供はそんなものと取りあわない。しかし仲の不安はつのるばかりで、天野優を検査にかよわせる。相手にされず激昂する仲を前に、夫はトイレに逃げてしまう。やはり美容医だから、医者ではないか。
発達障害といっても、仲が気を病んでいるのはADHDのことだろう。前世紀のおわりころから、ADHDは米国の流行病となった。子供に強い薬を投与する米国に対し、欧州は定義や診断をふくめもっと慎重だ。各国wikiを見れば、温度差がわかる。
半世紀近くたち知的障害や自閉症とあわせ発達障害とする呼び名が米基準となったが、日本の精神医学界はこれに追随するばかりだ。
おかげで未来のムスコで子供らしく動き回り愛された天野優は、ここでは障碍があるのではと疑われている。
中国版では子供がいないし夫の仕事を助けているので、仲の役は日本的だ。「いつも判断を誤る」渡辺大知が母親は子供といてほしいと頼んだので、仕事をしたい仲は煮詰まってしまった。
きっかけはムスコが幼稚園のけんかでお友だちにケガ負わせたことだが、そもそも仲たちのグループが生まれたのは仲がスカした同級生に消火器を噴射したからだった。こっちのほうが犯罪性が高い。この暇なセレブ妻を診断したほうが、はなしが早い。
深川麻衣も妊娠があきらかになって、子供も結婚ものぞまない同棲相手にいらだちをつのらせている。これはすごく日本特有の、あいまいな男女関係に思える。契約も避妊技術もない。よくある例だろうが、知らない人の打ち明けばなしを聞かされても受け止めようがない。中国版では、深川の役は最初から夫婦だ。
暗い局面はこの回かぎりで、仲は天野とクレヨンしんちゃんを観てガハガハ笑えばいい。深川は衰退途上国に子供はいらないが持論の男と別れて、自分で子育てしたほうがいい。男に引っかけられているのが一目瞭然の、能年を協力して助けないと。