パーキスターン映画盛衰史(3)

Dupatta (1952 ウルドゥ)

1950年代はサビーハ・ハーナムの時代であると同時に、1952年にDupattaで銀幕復帰し59年歌手専業になるまで演技をつづけたヌールジャハーンによって彩られている。またこの時期に、ニーロー、Musarrat Nazir 、Shamim Ara など新世代が登場している。

 

1950年代が黎明とすれば、6-70年代は黄金時代とよばれる。実際パーキスターンはこの時期、製作本数で世界第四位をほこる映画大国となった。

クーデター後の締めつけと資金のストップで80年代にウルドゥ映画は失速したが、かわって農村を舞台にした低予算なパンジャービー映画が柱となり90年代中期まで巴映画をささえた。

 

前回あじけない数字の羅列を示したが、もっと無味乾燥にしてみた。ある博士を数量化しようとした調査員は、肝臓にソラマメを添えて食われてしまった。

 

 

各年代を代表するスターたちはいるが、映画史に深刻な影響を与えた点では1996年のスルターン・ラーヒーの死以外にない。96年が太字の理由だ。

それまでウルドゥ映画をしのいでいたパンジャービー映画は、この年を境に勢いを失った。

他の太字は1958年(高度成長開始)、1965年(巴印戦争)、1971年(東巴分離独立)、1977年(クーデターとイスラーム厳格主義化)、1988年(軍事政権終了)、1998年(核実験と経済制裁)、2000年(ラーホール映画産業崩壊)、2018年(イムラーン・ハーン政権成立と経済不振)だ。対テロ戦争に巻きこまれた21世紀は混乱つづきとひとまとめにいえ、さらにコロナが追い打ちをかけ2021年製作1本まで落ちこんでいる。

 

政治経済以外には、TV、ヴィデオ、デジタル映画などの技術革新と興行資本の停滞による映画館の退廃などどこでも共通の問題がある。