さよならマエストロ 協奏

 

これまでオーケストラ団員の物語が語られるなか、芦田の心は少しづつ溶かされていった。今回、男への告白で挫折の詳細があきらかになった。

それは天上的な芸道の苦悩というよりは、アスリートのつまづきのようなものだ。

 

楽家の子として愛情に包まれた環境で精進していた芦田は、二世としての豊かさを揶揄される。批判した相手は恵まれない境遇だが、自分よりはるかにすぐれた腕をもっていた。

屈辱からすべてを犠牲にして激しい練習を重ねてきたある日、ついに会心の演奏を果たすことができた。そのとき父はなにげなく小さなダメだしをしてしまう。限界にあった芦田の心の弦は、そこで切れた。絶望のなか不慮の事故に遭い、練習すら中断を余儀なくされる。一日休めば、回復まで数倍の時間がかかるのが修業の世界だ。技の上達だけを支えにしてきた芦田は、すべてを失ったと思い音楽と父を憎む。

 

これで思い出すのが、フィギュアスケート鈴木明子だ。「あと1kgやせれば」という長久保コーチのふともらした言葉から、無理なダイエットにすすみ摂食障害となり一時は生死の境をさまよいもした。競技の順位はたやすく上がらないが、体重という数値は目に見えて変動させることができる。その達成感は、奈落への道につづいていた。

鈴木は回復できたが、消えていったスケーターは多いことだろう。

 

このドラマでは才能とか天才などの言葉は、注意深くとりのぞかれている。サリエリのように楽譜をパラパラと落として、到達できない至高の高みをあらわすわけではない。芦田は無理な減量を重ねていたのに、父の前で1gを落とせなかった運動選手のようだ。あやうかった平衡は、そこで崩れてしまった。

 

芦田は告白した男に身をゆだねることもできそうだったが、そうはならなかった。ヴァイオリンを持って立ち合奏をうながす芦田、コートを脱いで父はピアノに向かう。終わって抱きあう二人。この流れには、ほのかなエロを感じた。