ロマの踊り子 カルメン

 

ロマとしてのカルメン

 

ノートルダムエスメラルダが高貴な異人なら、カルメンはジプシーの代名詞ともなっている。

ジプシーはロマの栄光と悲哀を代表している言葉だが、使われすぎて文脈がまとわりついたところもある。好んでジプシーの名称を用いるロマもいる。

 

カルメンは最初はタバコ工場の工員として登場するのでその印象が強いが、ドン・ホセの助けで逮捕から逃げたあと踊り子としてふたたび現れる。ダンスを所望されカスタネットがないので、陶器を割ってそのかけらでリズムを打ちロマリスRomalisを踊る。

 

ネットではロマリスがどんな踊りかはわからない。カスタネットを使うので、フラメンコのようなものかもしれない。19世紀の記事でもロマリスをロマの踊りとしている。

フラメンコはロマの踊りで、スペインのロマはオランダ(フラマン地方)から来たとおもわれていたのでこの名になった。エジプト、ボヘミア、どこであれ想像されたロマの出自が、この謎の集団の名称とされてきた。フランスではユーゴと呼ばれたりもしている。

 

画像はビゼーのオペラの映画化で小説とは少しちがうのだが、カルメンとしてはいちばんしっくりする。1984フランチェスコ・ロージ作品で、ジュリア・ミゲーネスが適役だった。

原作のカルメンは娼婦、占い師、密輸強盗団の一員などさまざまな姿をもっている。これは19世紀ヨーロッパでのイメージ偏見だが、フランス人メリメはロマの研究もしていたので小説の一章をその考察にあてている。

 

原作カルメンのロマ描写に価値があるのは、ヒロインの性格を「所有と無縁」なものとしているところだ。カルメンがたどる運命はその帰結として描いている。

ロマは土地に依存した農民ではない。ロマは年貢をおさめない。鋳掛け屋などで修繕はするが、商品生産する工人ではない。交通する民だが家畜を育て売る牧畜民ではないし、商品を移動する商人でもない。蓄積された資本をころがすなりわいでもない。

ロマは所有しないしされない。その生きかたを好んで、千年紀を放浪してきた。だからカルメンは、男に所有され従属するくらいなら死を選ぶ。

ドン・ホセは貴族の家系のバスク人で、誇り高く大胆だが所有欲の強い純朴な田舎者だ。自分の女であることを強い、意のままにならなければ殺す。女とのかりそめの戯れを喜びとする腐敗した都会人ではない。

カルメンバスク語を使い、孤独な異邦人のドン・ホセの同情を誘い逃亡に成功した。わるい相手をだましたことが命取りになることは、カルメンには予見できていた。

 

 

カーリー

 

カルメンの意気をしめすもうひとつの側面は、殺されるまえに放った言葉だ。

Carmen sera toujours libre. Calli elle est née, calli elle mourra.

カルメンは自由だ。カーリーとして生まれ、カーリーとして死ぬ。

 

この calli は kali で、ロマの自称のひとつだ。これは北インドの言葉の黒であり、カーリー女神のことでもある。

ロマの言葉や音楽踊り宗教は、行く土地に適合して変容してきた。だから国が違えば、グループ同士でコミニケーションを取るのはむずかしい。だが日本と朝鮮半島のように基層として共通する語彙はあって、pani 水など北インドの言葉が残っている。

 

 

 

欧州のロマはムスリムやクリスチャンになったが、同時に中欧や東欧で信仰対象とされつづけてきたのがカーリー・サラだった。カーリーはドゥルガーのもうひとつの姿だ。

 

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マルセイユモンペリエの中間にあるLes Saintes Maries de La Merはその巡礼地で、ロマの信者たちはインドのドゥルガー・プージャーと同じように神像を海に運ぶ。

Sara la noire

 

 

カーリーは豊穣の神であると同時に破壊神で、宇宙を統べるShakti女性力の象徴でもある。

 

 

刀を手にし刈り取った頭を首に飾り、敵の血をすする。この女性力の末裔が、「わたしはカーリー」と言い放つカルメンだ。男のものになどならない。

 

 

 

踊るカルメン

 

まず景気づけに1984年映画の前奏曲から

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画質音質がわるいのが残念だが、ジュリア・ミゲーネスを第一に選ぶ理由は伝わるだろう。歌劇のカルメン闘牛士に心を移してドン・ホセに殺されるが、原作では闘牛士も好きでないと言い切り男は眼中にないところが違っている。ただ自由でありたいのだ。

 

ダンス振付はアントニオ・ガデスで、自身もカルロス・サウラ監督のフラメンコ映画「カルメン」で主演している。カルメン役者より脇のクリスティーナ・オヨスのほうが圧倒的なので、「オヨス」にしたほうがよかった。

 

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カルメン (1983 西) タバコ工場の場面

 

 

 

リタ・ヘイワースLove of Carmen (1948 米)

リタの父親はフラメンコ・ダンサーだった。リタもロマの子で本名はカルメンだ。子供のときからステージに立ち、達人フレッド・アステアもリタがいちばん踊りやすいパートナーだったと語っている。

BuleríasZambra Moraは、ともにフラメンコの用語。

スカートをたくし上げるのは、ハンガリーのロマのダンス・スタイルにもある。

 

 

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Carmen on Ice (1990 独)

変わり種はカタリーナ・ウィットのスケーティング・カルメン。すべっている部分はあるにしても、流麗さは地上のダンスをしのいでいる。ドン・ホセは金メダリストのブライアン・ボイターノ。タノ・ジャンプの始祖にあたる。

 

ビヨンセのヒップホップ・カルメンとか、ジャズ調のカルメン・ジョーンズなどもあるが、踊りは見るほどのものはない。

 

 

おまけ

 

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野玫瑰之戀 (1960 香港)

邵氏の最大のライヴァルだったキャセイ國泰の作品でカルメン嘆きの天使を下敷きにし、主演の葛蘭がみずからハバネラを歌っている。ほかにも蝶々夫人笠置シヅ子の曲を使ったり、服部良一が作曲したりなんでもありだ。このカルメンは、根は心のやさしい善人。