フィギュア・スケートにも、だんだんインド映画音楽が使われだしたようだ。最初に広く注目を集めたのは、ヴァンクーヴァー・シーズンのデイヴィス/ホワイト組 だったと思う。kajra re と silsila ye chaahat ka, dola re のメドレーが用いられ、振付も映画ダンスぽかった。
次のシーズンに、現世界女王のケイトリン・オズモンドがジュニアながらナタラージャ・ポーズから始まるM.R.ラフマーンのミュージカル曲を使ったショート・プログラムを披露していた。これはコーチがインド系カナダ人のラヴィ・ワリアだからで本場感があった。
ケイトリンは現役トップのダンス力の持ち主で、一昨シーズンのフリー・プログラム、ボエームでは引きこまれるようなスケーティングを見せ、元全米チャンピオンのライアン・ブラッドリーも「現時点で世界最高のスケーター」とたたえていた。スケートでしか表現できない速度、ダイナミズムではロシアの恐ろしい子たちも寄せつけない。ただ今シーズンは勝ちにいった点取りプログラムだったのか、ダンスとしての魅力はいまひとつだった。来期は勝者の余裕でまたインディアンな曲に挑戦してくれるといいが。
‘15-'16シーズンはロシアのヴォロソジャール/トランコフ・ペア が nagada sang dhol で演技していた。ロシアは半世紀以上前からインド映画がさかんで、ラージ・カプールのAwara(1951)は大ヒットしているし、ミトゥン・チャクラヴァルティーの「ディスコダンサー」(1982)が歴代興収の上位にいまだに残るのも、ロシアでの人気のおかげだ。
'16-'17シーズンはアイスダンスでイリ二フ/ジガンシン組がスラムドッグ・ミリオネアのサントラで踊った。
同じくロシアのアリョーナ・レオノワもピョンチャン・シーズンにGunday(2013)のtune maari entriyaan を使っている。
すでに競技から引いたジョニー・ウィアーはショーで nagada sang dhol を踊っている。
問題はインド音楽が使用されるかどうかよりも、スケートの刃で音楽から新しい何かを彫琢できるかだが、これはどんな国の曲でもむずかしい。
肝心のインド人スケーターとなるとまだ心細い。インド系アメリカ人のアミー・パーレークが長らく国際大会に代表出場していたが、スケーティングは悪くないもののジャンプが壊滅的なことが多かった。バラタ・コスチュームで古典を用いてインドのリンクで滑って喝采をあびたことがある。
インド人にスケートの素質がないわけではない。現在の「ローラー」フィギュア・スケートの世界チャンピオンはテランガーナの Anup Kumar Yama だ。最近は氷上にも進出しペアやアイスダンスで大会に出場するようになった。まだ本領発揮とまでいかないが。
結局は機会の問題で、カシュミールやスイスに憧れ、映画のいちゃつきシーンでカップルを氷原に立たせる人々がアイスリンクを嫌うはずがない。日本だって久しくリンクの維持がむずかしいのだから、やはり経済力が鍵だ。
いつかは南北の名曲で踊る人々を見たい。白鳥の湖とかはもう飽きた。
追記:友野一希が、ジュニア時代にムトゥとデーヴダースのメドレーで滑っていた。このシーズンは、SPが津軽三味線、FSインド、EXで燃えよドラゴン。若いっていいことだ。振付師の佐藤操も面白そうな人。