アナールカリーの帽子

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Lajja で Mughal-e-Azam の一場を演じるマードゥリー。

 

「偉大なムガル」でマドゥバーラーがかぶった羽根付帽は役名にちなんでアナールカリー帽と呼ばれる。映画のカッワーリー場面でも用いられるのでカッワーリー帽Qawali cap ともいう。パーキスターン・カッワーリーヒンディー・カッワーリーの記事で、いくつか例をあげてある。

 

この帽子の最古の遺品は新疆ウイグル自治区ロプノール地区、古の楼蘭近くの砂漠にある小河墓地で発掘されたもので、上限は3800年前までさかのぼることができる。
砂漠の乾燥地帯なので非常に保存状態がよかったため、死者は生前の面影を残し装飾品もそのまま残っていた。
復元した被葬者は現在の西ユーラシア、イーラーン系の容貌をもち、「小河公主」のあだ名がつけられた。この地域の住人は、東西ユーラシアの遺伝子的特徴をそれぞれもっていた。

 

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これを見るとほぼ4000年前からアナールカリー帽があったことがわかる。楼蘭の住民は一説にバルハシ湖北のアファナシェヴォ文化につながりがあるといわれるが、このころは牧畜と農耕を営むささやかな共同社会だった。復元画像の女性は現存最古のチーズとともに埋葬されていた。また先月の発表では小河溝古代小麦ゲノム解析から、1万年前の「肥沃な三日月地帯」に発した小麦がチベットからここを経由して長江流域へと拡散していったと推測されている。

 

昔のことなのでそこから二千年ばかり空白となるが、甘粛省祁連山脈のふもとにいた月氏楼蘭王国やタリム盆地の都市住民はイーラーン系だったらしい。インドの影響も強く宗教は仏教で、オアシスのひとつホータンの国王は毘沙門天にちなみ代々ヴィジャヤVijaya 姓だった。玄奘三蔵の「大唐西域記」にはホータンを「国柄として音楽を尊び歌舞を好む」として記録している。最初に pyar kiya to darna kya に似ていると直感したのはホータン形式の旋回舞 Sanam だった。

 

ウイグルはもとはモンゴル高原にいて匈奴やシャンベイ(鮮卑)、突厥などに従っていた。このころはテュルク系言語の古ウイグル語を用いていた。のちに回鶻可汗国を建て、突厥を倒し8世紀には強大になった。安禄山の乱では唐を助け、チベットとともに中央アジアに三国鼎立した。しかし9世紀に分裂滅亡し、一部がジュンガル盆地タリム盆地に逃げ西ウイグル王国を建て、そこで先住民と融合して現在のウイグル人の基ができあがった。

歴史的にソグド人と結びつき、オアシス国家を拠点に絹馬玉奴隷の交易に従事した。天山山脈崑崙山脈に囲まれたタリム盆地は日本の1.5倍の面積をもつがほぼ砂漠で、オアシス都市は山麓に点在し独立性が高かった。

 

3世紀のタリム盆地(wiki)

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アナールカリーAnarkali はアクバルが死んでまもない17世紀初に、すでに英国人交易者が伝えている伝説のヒロインだった。ザクロの花を意味する愛称で本名はナディラー、奴隷とも踊り子とも宮女ともいわれる。のちのジャハーンギールとなるサリーム王子との恋がアクバルの勘気にふれ、生きたまま壁に埋められたとされる。基本的にはお話の人物だ。

 

この物語は大いに好まれ、文学演劇の題材となってきた。初の映画化は1928年だったが1953年にビーナー・ラーイBina Rai が主人公を演じた Anarkali が大ヒットし、以後製作される作品の雛形となった。
mohabbat mein aise kadam dagamagaye
ライヴァルの宮女にアルコールを仕込まれ(風呂の湯に入れられた。アレルギーか?)、踊りながら酔ってサリームへの愛を歌いアクバルの怒りをかう。ビーナー・ラーイ(下画像)が色っぽい。

 

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1955年にテルグ版リメイクのAnarkali が作られ、アナールカリーがアンジャリーデーヴィ、サリームがANR、アクバルはS.V.Ranga Rao の配役だった。
rajasekhara neepai moju thiraledura
楽聖ターンセーンが音頭を取る設定だ。アンジャリーデーヴィもちゃんとステップを踏んでいる。

 

1958年パーキスターン版Anarkali も53年作品を踏襲していて、ヒロインは「マダム」・ヌールジャハーンNoor Jehan が演じた。アナールカリー帽はかぶらず、終始三つ編みのままだ。
pahllay tau apnay dil ki raza
アルコールを盛る手口は55年版と同じだ。戦前派らしく歌も踊りも自演。

 

1960年の Mughal-e-Azam は大筋は同じだが、53年とはひと味ちがう解釈で作品化された。アナールカリー帽はカッワーリー合戦場面でも登場する。
teri mehfil mein qismat(着色版)
ライヴァルの女官たちがかぶっている。アナールカリーらはドゥパッター着用。
prem jogan ban ke sundari (着色版)
Bade Ghulam Ali Khan が宮廷楽師ターンセーンの歌唱を担当している。
Mughal-e-Azam はタミル吹替え版も作られたが、こちらはヒットしなかった。

 

マラヤーラム映画でも1966年に K.R.ヴィジャヤVijaya 主演で映画化した。53年版と同じ展開だが、戦闘場面は Mughal-e-Azam を転用している。アンビカAmbika が王妃ジョーダー・バーイー。記事

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酔っぱらいダンスがセクシーだ。

 

1979年テルグ作品 Akbar Saleem Anarkali  はNTRとバーラクリシュナがスクリーンでも親子を演じた。前年にアミターブの Amar Akbar Anthony が大ヒットしているのにあやかったタイトルだろう。
reyi aagiponee
こちらは Mughal-e-Azam 版のリメイクなのでサリームに薬を盛るが、記憶は喪失せず53年版と60年版をまぜたラストへとつづく。アナールカリーがかぶっているのは王妃の帽子だ。

 

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マラヤーラムのアナールカリーとサリーム

 

ザクロにも歴史がある。石国(タシュケント)から来たコブのような果物だから石榴シャクリュウなのだろう。トルコ、ペルシア、インド諸語、中央ユーラシア各語でアナールの名は共通する。

 

ウイグル映画にアナルハン阿娜尔罕(1961)があって主人公の娘の名前だ。40年代末、悪徳地主と結婚させられそうになったアナルハンが人民解放軍とともに敵を倒し恋人と結ばれる宣伝映画。 2013年に迪丽热巴 ディリレバ主演で電視劇にもなった。


アナルクリ・バラン阿娜尔古丽 巴郎は民謡で、ザクロは豊穣の象徴として女性名になっている。