ショーバナというとManichitrathazhuになってしまう。
古典がほんとに身についている女優の最後の世代に属している。
パドミニ、ヴァイジャンティ、ヘレンなどを輩出した 30年代生まれがひとつのピークで、マードゥリー、ラミヤーなどの60年代グループがおそらく最後の嶺となるのだろう。
ダンスだけが売り物で、それに賭けた豊かで貧しい時代は終わったということだ。功夫の見せ場がすべてだった香港映画の展開と軌を一にしている。インドの場合は、バラモンのお嬢さんが下層カーストである踊り子の伝統を引き継ぐ人的資源になったという倒錯がある。21世紀は豊かだが貧しい凡庸な時代となった。
マードゥリーの回想では昔はスタジオがとにかく汚くて、壁はパーンを吐き捨てた跡だらけ、トイレもあまりに不潔なので水を飲まずにがまんしたという。胸つぶれる思いがする。そういう時代はもう還らなくてもよい。
眼のアビナヤ。
表情のアビナヤ。
Muthuのオリジナルである Thenmavin Kombathu。乗っているのは牛車。
ラジニ版はフィガロの結婚で、馬車と牛の角をつけた外車とザミーンダールが共存する不思議な世界へと改作した。